高龗神社 たかおじんじゃ

鎮座地  栃木県芳賀郡茂木町大字九石142
神社への交通
     真岡鉄道茂木駅より6㎞

祭神名及び御神徳
【主祭神】高龗大神(たかおかみのかみ)※龗は雨かんむり・口三つ・龍
      五穀豊穣 水神様
【配神】 熊野大明神(くまのだいみょうじん)
     家津美御子大神(けつみのみこのおおかみ)
     山王大明神(さんのうだいみょうじん)
     大山咋神(おおやまくいのかみ)
     春日大明神(かすがだいみょうじん)
     武甕槌命(たけみかづちのみこと)
      願意成就・武運長久
     日光大権現(にっこうだいごんげん)

例祭日 10月28日(現在は11月18日前後の日曜日)

由緒沿革
 創立年代は不詳ではあるが、口碑によると建久2年(1191年)須藤十郎為隆が九石に居城を構えた際、鬼門除けとして神を祀ったといわれる。その後大永5年(1525年)大修造が行われる。また下野国の十三社として数えられるほどの信仰を集め、宝永6年(1709年)正一位の論旨を賜る。宣布報告祭や祝詞、棟札等保存されている。往古は『大官五所大明神』と称されていたが、明治年代にいたり高龗神社と改称した。社殿は享保8年(1723年)に建てられ、同10年(1725年)6月28日遷宮された。大正9年(1920年)には村社となり、九石氏子の崇敬神社である。
 建久年間に九石城の領主、須藤十郎為隆の居城の鬼門方向に大輪郭の神地を撰び、建立されたのが高龗神社である。以来、代々城主の氏神として崇め祀った。 境内には杉を植え、樹齢数百年の杉や樫が繁り、境内の外には神田を所有していた。神田はその後共有地となり祭典の資とした。明治年間になり地租改正によって、神社所有地であるか不明のため上地を命じられる。(上地を証する書面は不在)この地は地租改正にあたり、境内地をなぜか『字大宮143番イ号官有第一種6畝歩、字大宮142番国有林一及一畝歩』と区分されたが境界は全く不明であった為、明治33年4月18日付で国有林を境内に編入する申請を行い、明治37年7月15日付けで境内編入の件の許可がおりた。