神社名 御嶽神社
通 称  御嶽様

鎮座地 栃木県芳賀郡茂木町大字茂木340
神社への交通  真岡鉄道茂木駅より徒歩10分。県立茂木高校正門道路を隔て大鳥居あり
旧社格 指定村社
祭神名及び御神徳

主祭神

國常立命 (くにとこだちのみこと)
  国家鎮護が御神徳の中心。戦時中は武運長久。
大己貴命 (おおなむちのみこと)
  現在は家内安全、商売繁昌、五穀豊穣、交通安全等
少彦名命 (すくなひこなのみこと)
誉田別命  (明治44年槻木より合祀) 
  尚武の神
鳴雷神   (明治44年仲之内より合祀)
   災害防止
祭典日程
 元旦祭 (1月1日)
 祈年祭 (4月15日 現在は前の日曜日)
 祇園祭 (7月24日 現在は7月末/休日含む前後三日間)
 風まつり (8月30日)
 新嘗祭  (11月24日 現在は後の土曜日)

由緒沿革

文禄4年(1595年)常陸の領主佐竹義宣は、藩内の領地替えを行い、領内の城をすべて水戸城の支城とする施策をとった。これにより茂木藩主茂木治良は小川城(常陸の国)へ移され、茂木城へは須田美農守治則が甲州より入部した。治則は木曽の御嶽神社を勧請し、慶長3年、茂木城の巽の方向に御嶽神社を建立し、城の安泰を祈願した。その後慶長6年、天下は徳川領となり同7年、主人の佐竹氏は命により羽州(秋田)へ国替えを申し渡され、須田美農守治則の茂木百騎も、茂木在住8年にして羽州角館へ移住となり、茂木藩領主として、新たに細川興元が熊本より、茂木25ケ村、1万6千石を下贈され入部することになる。後御嶽神社は代々細川氏祈願社として崇敬されてきた。
はじめ別当は地福院であったが、廃寺となったため真言宗覚成院が別当となり、後に明治維新の神佛分離の令により、これまで御嶽蔵王大権現と尊称されていたものを御嶽神社と改称し、岩崎氏を社職として奉仕せしめ、その後数代の神官移動を経て現在に至っている。祭りは氏子の下・上砂田が一年交替で施行し、例祭は当番町の行司が奉仕して神官が祭事を執行し、出席者は神社の全役員と、来賓として町長等が参加している。特に7月の祇園祭は御神輿渡御をはじめ、屋台の巡行もあり、伝統ある祭典となっている。